大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2245号 判決 1988年8月10日
第二二四五号控訴人、第二二六六号事件被控訴人(原審被告)
金井ハル
右訴訟代理人弁護士
大川眞郎
第二二四五号被控訴人、第二二六六号事件控訴人(原審原告)
坂東宏
右訴訟代理人弁護士
松本みどり
同
萩原壽雄
主文
一 原審被告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 原審被告は、原審原告に対し、金七〇万円及びこれに対する昭和六二年九月二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原審原告のその余の請求を棄却する。
二 原審原告の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを七分し、その一を原審被告の負担とし、その余を原審原告の負担とする。
四 原判決主文第四項中仮執行免脱宣言を取り消す。
事実
第一 申立て
一 原審被告
(第二二四五号事件につき)
1 原判決中原審被告敗訴部分を取り消す。
2 原審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも原審原告の負担とする。
(第二二六六号事件につき)
1 原審原告の控訴を棄却する。
2 控訴費用は原審原告の負担とする。
二 原審原告
(第二二四五号事件につき)
1 原審被告の控訴を棄却する。
2 控訴費用は原審被告の負担とする。
(第二二六六号事件につき)
1 原判決を次のとおり変更する。
原審被告は、原審原告に対し、金五二九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年九月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第一、二審とも原審被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
第二 主張
(請求原因)
一 原審原告は、大阪弁護士会所属の弁護士である。
二 原審原告は、昭和五七年四月二三日、原審被告と亡藤井重信(昭和五五年一〇月二三日死亡。以下、重信という。)との子である今田由紀子(以下、今田という。)及び重信の非嫡出子である獺口由美子(以下、獺口という。)から、右両名が戸籍上の重信の配偶者である亡藤井登茂枝(以下、登茂枝という。)を相手方として大阪家庭裁判所に申し立てている遺産分割調停事件(以下、本件調停事件という。)について、事件処理の委任を受け、これを受任した。
三 原審原告は、本件調停事件受任後検討の結果、右遺産分割の前提として、昭和一九年七月一四日付でなされている原審被告と重信との協議離婚の無効確認請求訴訟を提起し、原審被告の重信の相続人としての地位を回復する必要があると考え、その旨原審被告、今田及び獺口に説明したところ、同人らから右訴訟を提起して欲しいと要請された。
四1 そこで、原審原告は、更に法律問題等を検討し、右訴訟の維持が可能であるとの結論に達し、改めて原審被告から右離婚無効確認訴訟(以下、本件訴訟事件という。)の第一審の事件処理について委任を受けたので、これを受任した。
2 原審原告は、本件訴訟事件の受任に際し、昭和五七年一〇月一八日、着手金として金五〇万円をそれぞれ受領したが、本件訴訟事件の成功報酬については原審原、被告間で具体的な金額の取決めをしなかつたものの、原審被告は、原審原告に対し、成功報酬をはずむ旨の意思を表明していた。
五1 原審原告は、同年一一月五日、大阪地方裁判所に対し、原審被告の訴訟代理人として本件訴訟事件(同裁判所同年(タ)第三〇二号)を提起した。
2 本件訴訟事件は、重信が既に死亡していたため大阪地方検察庁検事正を相手に提起されたが、実際には右訴訟の被告補助参加人登茂枝との間で争われ、口頭弁論期日が一七回(内、証人尋問期日が六回)、和解期日が三回開かれ、昭和五九年一〇月九日、結審し、昭和六〇年二月二〇日、原審被告勝訴の判決が言い渡された。
この間、原審原告は、右訴訟の訴訟代理人として毎期日ごと出頭し、原審被告の生活状況を知る証人を立てるなどして、原審被告が離婚をされたことを全く知らずにいたことを中心に立証活動をし、原審被告と重信の右離婚が原審被告の意思に基づくものでなかつたことを証明した。また、原審原告は、右和解期日に右補助参加人代理人弁護士と相続分について話し合いをしたが合意に至らなかつた。さらに、原審原告は、期日外で原審被告、証人等との打ち合わせ等の活動をした。
六1 原審原告は、本件訴訟事件の第一審が原審被告の勝訴に終わつたのであるから、成功報酬請求権を取得した。
右報酬額について明確な取決めをしなかつた場合には、弁護士会の報酬規定を基本として、事案の内容、難易、解決に要した時間、労力等諸般の事情を勘案して相当な報酬額を算定すべきものであるところ、大阪弁護士会報酬規定によると、訴訟事件の報酬金は、その事件等の処理により確保した経済的利益の価額に応じて算定するとされている。
2 本件訴訟事件の第一審が原審被告の勝訴に終つたことによつて得た原審被告の経済的利益の価額は、重信の相続人としての地位の回復、それにより取得すべき遺産に対する持分であるところ、原審被告の相続分は六分の一である。
重信の遺産の範囲は、別紙一遺産目録一ないし三記載のとおりであり、その評価額等は、別紙一遺産目録一記載の不動産が金三億九四一〇万七九〇〇円、同二記載の銀行預金が金六六三五万五五五八円、同三記載の有価証券が金二億三六五九万五〇五四円(合計金六億九七〇五万八五一二円)であるから、原審被告は、右遺産評価額等の六分の一の金一億一六一七万六四一八円の経済的利益を得たことになり、右報酬規定に則り、右価額に応じて報酬額を算定すると金五二九万五〇〇〇円となる。
七 仮に、原審原告と原審被告との本件訴訟事件の委任契約が右事件の確定までのものであつたとしても、原審被告は、原審原告の責によらない事由で解任し、委任事務の遂行を不能ならしめたのであり、このような場合には、受任者である弁護士は報酬金の全額を請求することができるとの慣習が存在する。
原審原告の報酬額は、前項記載のとおり金五二九万五〇〇〇円である。
八 よつて、原審原告は、原審被告に対し、報酬金五二九万五〇〇〇円及びこれに対する請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日である昭和六二年九月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一、二は認める。
二 同三は不知。
三1 同四1のうち、原審原告と原審被告との間に本件訴訟事件の第一審の処理について委任契約が成立したことは認め、その余は争う。
2 同四2は争う。
四 同五1、同2の前段は認め、その余は不知。
五 同六、七は争う。
(原審被告の主張)
一1 本件報酬請求は、あくまでも本件訴訟事件に関するものとして考えるべきであり、その後に遺産分割事件が予定され、右訴訟事件が原審被告の勝訴に終われば原審被告が多額の金員を得ることになつていたとしても、それは本件訴訟事件の報酬請求とは関係のないことである。それ故、原審原告が主張するように、重信の遺産の評価額を基準とし、あるいはこれを考慮して報酬額を算定することは誤りである。まして、本件訴訟事件は、控訴審において原審被告が敗訴し、上告審においても原審被告が敗訴して確定し、全く遺産を取得することができなかつたのであるから、原審被告が遺産を得たであろうことを前提とする原審原告の主張は失当である。
2 本件訴訟事件に関する報酬額は、右事件に限定して算定すべきであるところ、日本弁護士会報酬等基準規程によると、離婚無効事件は訴額算定不能の事件とされ、金四九万五〇〇〇円が着手金及び報酬の標準額とされている。
二1 原審被告は、昭和五七年五月一三日、原審原告に対し、本件訴訟事件に関し着手金として金五〇万円を支払つた。なお、原審被告は、別途印紙代、切手代等の諸費用を支払つた。
2 原審原告は、同年一〇月、原審被告に対し、本件訴訟事件及び遺産分割事件に関する申立ての着手金として新たに金二〇〇万円を要求し、前項記載の金五〇万円は諸費用に充当すると言つた。
原審被告は、同月一八日、原審原告に対し、やむなく右申し出額の内金一〇〇万円を支払つたところ、原審原告は原審被告に対し、右金員の内金五〇万円を本件訴訟事件の着手金として、その余の金五〇万円を別途第三者に対し提起する予定の遺産分割対象物件の一つである大阪市東区の土地の明渡請求訴訟事件の着手金に充当すると述べた。なお、原審原告は、その後、右明渡請求訴訟を提起したが敗訴に終わつた。
よつて、原審被告は、原審原告に対し、本件離婚訴訟に関し金一〇〇万円を支払つており、右金額は、右訴訟の着手金及び報酬金の合計額としても十分過ぎるというべきである。
(原審被告の主張に対する原審原告の認否等)
一1 原審被告の主張一1は争う。本件訴訟事件が上訴審でどうなつたかは、第一審の訴訟代理人の関知するところではない。
2 同2は争う。日本弁護士連合会報酬等基準規程によると、経済的利益額算定不能事件であつてもその基準価額は「事件等の難易、軽重、手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して、増減額することができる。」ところ、本件訴訟事件の目的は、原審被告の相続人としての地位の回復にあつたのであり、これを考慮すると、着手金五〇万円は非常に安いのである。
二1 同二1のうち、原審原告が昭和五七年五月一三日に原審被告から金五〇万円を受領したことは認め、右金員が本件訴訟事件の着手金であること、原審被告が別紙印紙代等の諸費用を支払つたことは否認する。
右金五〇万円は本件訴訟事件のみの預り金でも、まして着手金でもなく、「遺産事件等費用預り金」である。すなわち、原審被告は、原審原告に本件訴訟事件の処理という形で依頼に来たのではなく、相続関係や相続財産にまつわる一切の事件の相談に来たのである。そこで、原審原告は、訴訟も幾つかする必要があるかもしれず、調査のため右金五〇万円を預かつたのであり、これを原審被告も納得していた。
そして、原審原告は、右金五〇万円を右各事件等の費用等として金四八万〇八一三円使用し、残金は金一万一九八七円である。
2 同二2は争う。
原審原告は、本件訴訟事件の着手金について具体的な金額を申し入れたことはない。原審原告が右事件の着手金を受領するに至つた事情は次のとおりである。
本件訴訟事件の提起に先立ち、重信の遺産中の大阪市東区の土地について、その賃借人から原審被告の子である今田らを相手に賃借権確認請求訴訟(以下、東区土地事件という。)が提起され、今田らは本件訴訟事件の補助参加人である濱田榛名(以下、濱田という。)らと共同で応訴しなければならなくなつた。そこで、原審原告は、右濱田らの訴訟代理人である阪口春男弁護士(以下、阪口弁護士という。)と共に東区土地事件の処理を受任し、反訴を提起することとなつた。
原審原告と阪口弁護士は、東区土地事件の着手金について相談のうえ各自金一〇〇万円と決め、各依頼者の承諾を得たうえ、原審原告と阪口弁護士が共同保管していた重信名義の通帳から約金八〇〇万円を払い出し、相続財産中の不動産の固定資産税金三二〇万円余を支払い、阪口弁護士が着手金一〇〇万円を受領し、残金三七七万八八四〇円を原審原告が保管していたが、今田らの要請により右金員全額を同女らに渡した。
その後一週間程して今田とその夫の今田聡雄が原審原告の事務所を訪れ、原審原告に対し、東区土地事件の着手金を五〇万円に減額し、本件訴訟事件の着手金を金五〇万円にして併せて一〇〇万円にして欲しい、その代わり成功報酬は通常の場合の一割よりうんと奮発すると頼み込んだ。そこで、原審原告は、やむなく東区土地事件の着手金を五〇万円、本件訴訟事件の着手金を五〇万円としたのである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因一、二については当事者間に争いがない。
二すすんで、同三ないし五について検討する。
原審原告と原審被告との間において、本件訴訟事件の第一審の事件処理について委任契約が成立したこと並びに請求原因五1及び同2前段の事実については当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>によると、原審原告は、昭和五七年四月二三日、原審原告の同窓生である近畿大学法学部教授の紹介を受けた今田らから、先に同人らが登茂枝を相手方として申立てていた本件調停事件について、処理の委任を受け受任したこと、今田らが右事件処理を原審原告に委任したのは、右事件の処理を委任していた弁護士に不信感を抱き、その弁護士を解任したためであること、原審原告が右事件を受任する際、原審被告及び今田らから原審原告に対し、原審被告と重信の協議離婚が無効であれば原審被告が相続権を有することとなるので、離婚無効を主張して欲しいし、その外の相続問題についても相談に乗つて欲しい旨申し出がなされたこと、そこで、原審原告は、同年五月一三日、原審被告及び今田らから、本件調停事件をはじめ重信の相続財産及び右離婚に関する事件の調査・処理のための諸費用として金五〇万円を受領したこと(ただし、原審原告が右の日に右金員を受領したことは当事者間に争いがない。)、原審原告は、検討の結果、昭和一九年七月一四日に届けられている重信と原審被告との離婚について、その無効確認訴訟に勝訴の見込みがあるとの結論に達したので、その旨原審被告らに伝え、同被告から右訴訟の提起を委任されて、右訴訟の第一審の事件処理を受任し、昭和五七年一〇月一八日、右事件の着手金として原審被告から金五〇万円を受領したが、成功報酬については、原審被告らにおいて右事件が勝訴すれば報酬をはずむとの申し出がなされ、原審原告も了承したものの、その金額については明確な取決めをしなかつたこと、原審原告は、同年一一月五日、原審被告の訴訟代理人として大阪地方裁判所に対し、重信が死亡しているので大阪地方検察庁検事正を被告として本件訴訟事件(同裁判所同年(タ)第三〇二号)を提起したこと、右事件は、実際には被告の補助参加人として参加した登茂枝(同年一二月一五日死亡)及びその承継人である濱田らとの間で争われ、原審原告は、口頭弁論期日一七回(内、証人尋問期日六回)、和解期日三回に出頭し、準備書面、証拠説明書を作成、提出し、証人二人や原審被告の本人尋問の申請をするなど訴訟活動を行なうとともに、期日外においても原審被告らと打ち合わせを行つて訴訟準備をしたこと、右訴訟事件の主たる争点は、昭和一九年七月一四日に届け出られている離婚届が原審被告の意思に基づくことなく、重信が原審被告に無断でなしたものかどうかであつたが、右届け出以降長年月が経過し、また、重信も死亡していることもあつて、多くの間接事実を主張、立証することを要し、訴訟活動は容易ではなかつたこと、右訴訟事件は、昭和五九年一〇月九日、口頭弁論を終結し、同六〇年二月二〇日、原審被告勝訴の判決が言い渡されたが、右判決は、第一審で確定せず、控訴審においては原審被告が敗訴し、上告審では右控訴審判決が維持されたこと、原審原告は、本件訴訟事件の外に東区土地事件を今田らから受任していたが、同五九年一二月一七日に言い渡された右事件の判決言渡期日を事前に今田らに連絡しなかつたこと等から原審被告らが原審原告に不信感を抱くに至り、本件訴訟事件の判決言渡後、右事件の報酬を支払わないなどと言い出し、本件訴訟に至つたこと、以上の事実を認めることができ、<証拠>は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、原審原告は、昭和五七年一〇月一八日、原審被告との間で本件訴訟事件について、第一審の事件処理に関する委任契約を締結し、右事件は、昭和六〇年二月二〇日、第一審において原審被告の勝訴に終わつたのであるから、右委任契約はその目的を達したものということができる。
三次に、請求原因六について検討する。
前記認定の事実によると、本件委任契約においては、第一審の事件処理がその目的を達したときは報酬を支払うことが約されていたものということができるものの、報酬額について明確な取決めがなされていないものであるところ、このような場合には、弁護士会において定めている報酬規定を基本とし、当該事件の事案の内容、難易、事件処理に要した時間、労力、事件依頼の際のいきさつ、事件終結当時の模様等諸般の事情を総合勘案し、当事者の意思を推定して相当な報酬額を算定すべきである。
そこで、大阪弁護士会の定める報酬規定を検討するに、大阪弁護士会報酬規定(昭和五七年六月一九日改正)一五条は、「訴訟事件の着手金はその事件の対象の経済的利益の価額に応じて、報酬はその事件によつて得た経済的利益の価額に応じて」別紙二記載の要領で算定するものとし、同一六条は、その経済的利益の価額の算定方法について定めているが、離婚無効確認請求事件については規定がないこと、同一七条は、事件の対象の経済的利益の価額を算定できないときの着手金及び報酬の算定基準たる価額は原則として三〇〇万円(なお、昭和六〇年三月一五日改正後の右報酬規定は、右価額を五〇〇万円と定め、また、日本弁護士連合会においては、各弁護士会が定めるべき弁護士報酬規定の基準を定めるものとして報酬等基準規程を定めているところ、右基準規程は昭和五九年五月二六日に改正されたが、右改正前においては経済的利益の価額を算定できないときの価額を原則として三〇〇万円と、右改正後は五〇〇万円とすると定めている。)とし、「これに事件の難易、軽重、手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して増減」する旨定めていることは当裁判所に顕著であり、また、大阪弁護士会は、当裁判所の調査嘱託に対し、離婚無効確認請求事件の報酬については、大阪弁護士会報酬規定一七条、一五条を基準とすべきであると回答している。
しかるところ、原審原告は、本件訴訟事件の第一審が勝訴したことによつて、原審被告が重信の相続人としての地位を回復し、同人の遺産に対し六分の一の相続分を有するに至り、それに相当する経済的利益を取得するから、これを基準にして大阪弁護士会報酬規定に則り報酬額を算定すべきであると主張するが、原審被告が本件訴訟事件に勝訴したとしても、重信との離婚の無効が確認されこそすれ、それ以上に重信の遺産に対する権利を当然に所得するものではない。もつとも、右離婚が無効だと、重信と登茂枝との婚姻が重婚ということになり、原審被告において右婚姻の取消しを求める訴えを提起し、登茂枝が重信の死亡により妻として相続した財産等につき少なくともその現存利益の返還を受けることができることになるから、右勝訴は重信の遺産に関する登茂枝との紛争につき原審被告を有利な地位に立たせることは否定できない。
そうすると、右報酬規定上、本件訴訟事件は事件の対象の経済的利益の価額を算定できない訴訟事件に当たり、その報酬の算定基準たる価額は原則として金三〇〇万円であつて、先に述べた遺産に関する有利な地位の取得は、「依頼者の受ける権利」ないしそれに類するものとして、右基準価額の増減につき考慮されると解するのが相当である。そして、<証拠>によると、重信の遺産の額は約七億円であつたことが認められ、その死亡による妻の相続分は三分の一であつたこと、前記認定のように本件訴訟事件が昭和一九年七月一四日に届け出られた離婚の効力に関するものであり、訴訟活動は容易でなかつたこと等を考慮し、前記報酬算定の原則的基準価額金三〇〇万円の倍額金六〇〇万円を基準として、右報酬規定に従い計算すると、本件訴訟事件の報酬額は金七三万四五〇〇円から金三九万五五〇〇円の範囲で決められることになる。
以上の事実に、本件訴訟事件における原審原告の訴訟活動の状況、右事件依頼のいきさつ及び右事件が第一審で確定しなかつたこと等諸般の事情を総合勘案すると、原審原告が本件訴訟事件の第一審を処理したことによる報酬額は、金七〇万円をもつて相当と判断する。
四ところで、原審被告は、本件訴訟事件に関し、原審原告に対し、着手金等として金一〇〇万円を支払つた旨主張するので検討する。
原審原告と原審被告との間で、昭和五七年五月一三日、金五〇万円が授受され、それが本件調停事件処理のための費用のほかに、原審被告の離婚に関する事件の調査等のための費用に充てられる趣旨であつたことは前記のとおりであるが、<証拠>を総合すると、右金五〇万円には本件訴訟事件処理に対する着手金及び報酬の趣旨は含まれていないことが認められ、これに反する<証拠>はにわかに措信し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。また、原審原告は原審被告から同年一〇月一八日に本件訴訟事件の着手金として金五〇万円を受領したものであるところ、前記大阪弁護士会報酬規定の定め、本件訴訟事件の内容、難易等諸般の事情を考えると、これは不相当に高額なものではない。
そうすると、原審被告は、本件訴訟事件に関し報酬に充当すべき金員の支払いはしていないというべきであるから、原審被告の右主張は理由がない。
五以上の次第で、原審原告の本訴請求は報酬金七〇万円とこれに対する請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日である昭和六二年九月二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきであり、これと異なる原判決を原審被告の控訴に基づき主文第一項のとおり変更し、原審原告の控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用し、原判決主文第四項中の仮執行免脱宣言を付することは相当でないのでこれを取消すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石川恭 裁判官大石貢二 裁判官松山恒昭)
別紙一 遺産目録<省略>
別紙二
(着手金)(報酬金)
1 五〇万円以下のもの
一五% 一五%
五〇万円を超える部分
一二% 一二%
一〇〇万円を超える部分
一〇% 一〇%
三〇〇万円を超える部分
八% 八%
五〇〇万円を超える部分
七% 七%
一、〇〇〇万円を超える部分
五% 五%
五、〇〇〇万円を超える部分
四% 四%
一億円を超える部分
三% 三%
一〇億円を超える部分
二% 二%
2 着手金および報酬金の金額は、事件の内容により、前項の規定に従つて算定した額に、それぞれ三〇%の範囲内で増減した額とすることができる。